不登校原因「不登校という選択、ある朝それは突然に」

不登校

どうも、
減点パパと申します。

 

この記事では、

わたし自身が不登校の子を持った経験を遡り、

 

不登校の原因について

お話しさせていただきたいと思います。
不登校の初期のお子様を持ちで、
これから先、

どうしたものかと悩んでおられる親御さんに、

ほんの少しでも参考にしていただければと思い、

わたしの経験したことを書いておきたいと思います。

 

当時、

小学4年のわが息子が不登校になった、

あの日です。

 

焦ったんです。

5年たった今でも、

あの日のことを鮮明に覚えています。

 

やだらと焦ったんです。
(「むちゃくちゃ焦ったんです」という意味:東北弁訳)

 

なして?(どうしてなんだ??)

どやすべ?(どうしていこう??)

あの日、

そんな言葉がわたしの頭の中を駆け巡りました。

 

焦ったところで、しょうがなかったんです。

でも、それは

 

「後で考えてみれば」

ということなんです。

 

想定外のことが起ったあの日は、

焦ることしかできませんでした。

そんな、焦ることしかできなかったあの日の自分。

 

わたしはその日から、

わが子の毎日の様子をノートに書きとめました。

 

それは、今も続いていて、

ノートは5冊ほどになりました。

 

なして?(どうしてなんだ??)

その疑問を、

いつか、解くために、
書いておいた方が良いなと考えたからです。

 

この記事は、

「不登校の解決につながる糸口をつかむ」ために、

必ず、お役にたてていただけるものです。

そのために、まずは何といっても、

不登校になる原因を知るべきだと思います。

不登校 原因

息子が不登校になった時、

まったく原因がわからなくて

内心、焦りまくった過去の自分のことを交えながら、書いていきます。

 

私自身、

息子が不登校になったときに

不登校に関するいろいろな本を読み漁りました。

そして、

ネットで不登校に関する記事を検索しまくりました。

 

今の時代、

「不登校 原因」でググれば、膨大な量の情報が得られます。

ただ、その情報を読みこんで、

わが子に当てはまる内容にたどり着くまでには

やだら(むちゃくちゃ:by東北弁)と時間がかかるんです。

 

専門用語が盛り込まれていて、

文章が難しかったり、

長文でややこしく書かれていたりと、

それらを読み込んで、

理解するには多くのエネルギーを必要としました。

 

不登校を研究されている方や専門家の方々が、

統計データや体験談を分析して書かれた情報な訳ですが、

 

それらを、ものすごーく、単純に言うと

次の3つに集約されることに私は気付いたんです。

  1. 学校に原因がある場合
  2. 家庭に原因がある場合
  3. 本人の心身に原因がある場合

この3つなんです。

 

今、この記事を読まれている方、

「うちは、これかな?」

と思いついたものがありませんか?

 

あるいは、

「これがメインで、これが少しあるかな?」

だとか、

 

「これはあるけど、これはないな」

と、思いついたものがありませんか?

 

私が、体験者という立場から感じるのは、

上記の3つのうち、

1つの原因で不登校になる場合もあるでしょうし、

3つが少しずつ絡み合っている場合もあるように思うんです。

 

この記事では、

3つの原因のそれぞれの内容について

お話していきたいと思います。

学校に原因がある場合

  • 同級生とのトラブル
  • 担任と合わない
  • 勉強の遅れ
  • 勉強が面白くない
  • 学校に行く意味を感じられない
  • 校則への反発

などが挙げられます。

その中でも

「同級生とのトラブル(友人関係の問題)」

で不登校になる割合が高いということです。

 

「担任と合わない(先生との問題)」という原因も、

割合は大きくはないものの存在し、

 

両者を合わせた、

「学校のなかでの、人間関係がうまくいかない」

ことに起因して、不登校になるようです。

 

「人間関係がうまくいかない」というのは、

誰もが迎える

「思春期」

というものと深く関係しているでしょう。

 

今まで、

あまり意識していなかった異性への意識や、

大人への反発心が出てきてきます。

 

自我が芽生える時期であり、

それにより、

子供同士の人間関係が複雑化してくることも背景にあるのでしょう。

 

1日のうちの約3分の1ほどの時間を過ごしている学校での生活で、

「人間関係がうまくいかない」

というのは、子供にとって大きな負担と言えますよね。

家庭に原因がある場合

  • 家庭内の不和
  • 家庭内の経済状況
  • 親子関係
  • 両親の別居・離婚
  • 生活リズムの乱れ

が挙げられます。

 

文部科学省による不登校の原因調査で

「学校」と「家庭」とで比較した場合、

家庭にかかわる原因の割合のほうが高かったそうです。

 

家庭内の不和が、

両親の別居・離婚につながり、

 

家庭内の経済状況が変わることで親子関係にも変化が生じ、

それが生活リズムの乱れにつながるという事でしょう。

 

睡眠を含む、1日の約3分の2を家庭内で過ごしているわけですから、

本人を取り巻く家庭内の状況が

不安の少ない安全・安心でやすらげる場所でないと、

不登校の原因になると言えます。

本人の心身に原因がある場合

  • 病気
  • 発達障害・神経障害
  • 低血圧
  • 無気力

などが影響していると言えます。

 

「本人が努力していないために起きていることではない」

と捉えることが必要です。

 

病気とまではいかなくても、

不安を感じやすい心配性タイプの児童は多く存在し、

日常生活に支障が出ることも珍しくないそうです。

 

実際に不登校になっている児童の約3分の1が心配性タイプであり、

心配性タイプの児童が多く存在するということは、

 

言葉を変えると、

「不登校の予備軍も多く存在する」

ということになります。

我が息子が不登校になった原因とは

学校に関する部分

わが息子の場合、

いじめや同級生とのトラブルはなかったのですが、

 

学校の「校則」や「ルール」に対し、

学校生活のなかでの「やりづらさ」や

「学校に行く意味を感じない」

という部分があったようです。

 

不登校になってから、それまでの学校での様子を先生から聞いたんです。

インフルエンザが流行ったときに

「マスクをつけなさい」って、

担任の先生が繰り返して言った時があるそうです。

 

それに反発して、

わが子は友達と一緒に教室を出た時があったそうです。

 

わが子は強制されるのが嫌いです。

(強制されるのが好きな子も珍しいとは思いますが・・・)

というか、「受け流す」とか、

 

「話を半分に聞く」とかそういうのが苦手なんですよ。

言われたことをそのまんま、受け止めちゃうんですね。

 

「そのまんま、受け止めちゃう、本人の問題」

とも言えますが、

 

本人にしてみれば、

自分にとって、

あまり意味を感じられない校則(マスク着用)

に従わなければならないことに

反発したのでしょう。

 

「マスクの着用」という事だけでなく、

息子にとって、

納得できない場面がほかにもいろいろあったんだと思うんですよ。

 

学校生活の中で、

上手に折り合いを付けられない自分に気づき、

今後も「納得しなければならない場面」を想像して、

「登校しない」

という選択をしたのだと思います。

 

別な言い方をすると、

今後も「納得しなければならない場面」を想像して、

「登校出来なくなった」

とも言えます。

家庭に関する部分

さらに、わが息子の場合、

不登校の原因として、

家庭の中にも原因があったんじゃないかって思うんです。

 

笑顔があふれる温かい家庭であったかと言えば、

そうではなかったと思います。

 

実は私自身、

小学校の高学年のころからずっと、

両親との親子関係が良好ではなかったんです。

 

母親とは、必要最低限の会話はありました。

 

父親とは、

高校を卒業するまで会話をした記憶がありません。

 

どうして、そうであったのかと言えば、

「父親に対する反発」

であったと思います。

 

それが大人になっても改善されないままに、

両親と同居していました。

 

私は、朝起きたとき、

両親と会っても、

 

「お早う」

という気軽なあいさつもなく、

また、日常の会話もあまりないままに

なんとなく同居していました。

 

そういう場面を、息子は普段から見ていたのでしょう。

「親子のコミュニケーションは、

その程度でいいんだ」

と息子に勘違いをさせてしまっていたのだと思います。

 

円満な家庭と

円満でない家庭。

 

前者の方が良いのが当然ですよね。

円満でない方が良いという理由が見当たりません。

 

我が家の場合、

「息子の不登校」というかたちで、

 

「円満な家庭ではなかったことの結果」

が出たのだと思っています。

 

不登校になる、ならないに関わらず

家庭内が円満であることは大事です。

 

子供の人格形成において

もっとも重要なことでしょう。

 

私の反省は、

家庭内を円満にしようと、

努めなかったことです。

 

父親の、悪い背中を見せていたのだと思います。

そういう意味で、

家庭内の環境による影響はあったと思います。

本人に関する部分

そして、

最後になりますが、

我が息子が不登校になった原因として、

 

「本人の心身の原因」

によるものが大きかったのだろうと思います。

 

息子が保育園に通っていたころのエピソードがあるんです。

私と長男と次男の三人で

 

「私がボールを下手で投げて、

おもちゃのバットでボールを打ちかえす」

という遊びをしている場面です。

 

男の子がいる家庭なら、

よくある光景だと思います。

 

私が投げて、息子たちに10球ずつ、

かわりばんこに打たせていました。

 

弟は、打てなくても、

まあ、そんなものかと楽しんで遊んでいました。

 

長男は、自分が思うように打てないと、

いらだって怒るんです。かんしゃくを起すんです。

 

「まあまあ」となだめると、

余計にひどくなるんです。

 

打てなかったのは、

私が投げる球のコントロールも悪かったこともあるでしょう。

 

でも、「投げた球を打ち返す」という、ただのお遊びです。

 

あるとき、息子にこう言ったときがあります。

「お前ね、そうやって怒ってばかりいると、

友達がいなくなるよ」と。

 

それから何年か経った、

不登校になる4か月くらい前の、

当時4年生の10月頃だったと思います。

 

保育園のころから、

かんしゃくを起こす息子のことを心配して、

病院に連れて行ったんです。

 

小児科でしたが、

子供の発達や不登校のことなども相談できる病院で、

そこで「WISC(ウイスク)」という、知能検査を受けました。

 

親は同席しない、

息子と先生だけの検査でしたので詳細は不明ですが、

ペーパー検査と聞き取りによる検査だったようです。

  1. 「言語理解」
  2. 「知覚推理」
  3. 「処理速度」
  4. 「ワーキングメモリー」

の4つの指標とIQ(知能指数)を数値化する検査でした。

 

「言語理解の能力は高いが、ほかの項目との差が大きい」

という結果で、

「発達障害の傾向を認める」

という所見でした。

 

私、

ショックを受けたというか、

やっぱりなというか。

 

私、小さいころから息子と接していて、

ずーっと感じていたことがあるんです。

 

「この子は、なにか、違うな。

でも、なんか俺と似ているな」と。

 

私が息子に対して、ずーーっと感じていたこと。

それは、

「俺と同じだな。

俺の小さいころとよく似ている」

 

そうなんです。

わたし自身も小さいころから、

かんしゃく持ちでした。

自分の親に言われたことがあります。

 

「なんで、

おまえはそんなにかんしゃくを起すんだ?」

 

「短気は損気っていってな、

自分が損をするんだぞ!」

 

そんな風に、繰返し、親から言われた記憶があります。

 

イライラしている自分にイラついているのに・・・。

わたし自身に問題があるように

親からは言われる・・・。

 

私が子供のころですから、今から半世紀も前にもなります。

当時、「発達障害」という概念は・・・、

たぶんなかったんじゃないでしょうか。

 

仮にあったとして、私がWISCの検査を受けたとしたら、

発達障害と診断されていたと思います。

 

私自身も、息子が不登校になった10才くらいの時、

不登校ではなかったものの、

 

イライラして、

かんしゃくを起していた記憶があるものですから、

 

我が息子のことも

「なんでそうなるか」が、

わかるような気がするんです。

 

というか、わかっていたんです。うっすらと。

 

それなのに、

自分自身も言われて嫌だった、

 

「わたし自身に問題があるように、

親から言われた言葉」

 

それをわが子にも言ってしまっていたのです。

 

分かっていたなら、

わが子に、

もっと寄り添うべきだったんです。

 

発達障害という、

「本人の不努力とは違うところで起きていること」が土台にあって、

 

物事の考え方や受け止め方が独特であることで、

学校生活の中で不満がたまっていき、

 

本人を取り巻く家庭の状況も、

和気あいあいという状況ではなかったので、

不満が解消されなかったんだと思います。

当時のわたしの失敗談

不登校初期の時を思い出して、

あの時に戻れたら

あの行動を取り消したい・・・。

そう、思う事があるんです。

 

「やらなきゃよかったな」

って言うのがあるんです。

 

不登校の初日・・・。

「なんとかして、学校に行かせよう」

「このまま不登校にならないでほしい」

 

その言葉の裏側にあるのは、

「世間体」

だったり、

「このまま何年も家にいるの?」

っていう、漠然とした不安です。

 

その不安から、

「行けるかあ?」

って、

声をかけちゃったんです、私。

 

この時点で、パパは減点です。

優しい口調で言ったつもりですけど、

本人にとっては口調の問題じゃないんです。

 

「行けるかあ?」

その言葉はわが子に、

深く刺さったと思うんです。

 

公園に行けば、ブランコってありますよね?

いわば、きのうまで、

息子はブランコを漕げていたわけです。

 

今朝になってブランコをこぐことをやめた息子。

その背中を押してやって、

再びブランコをこがせようとしたわたし。

 

押してやりさえすれば、

再び、こげるようになるだろうと・・・。

あの時のことをとても後悔しています。

 

もし、あの時に戻れたら・・・

「背中を押して、登校を促すようなことはしない」

そう、思います。

 

息子が不登校だったころ、

わたしと妻は

月1回、スクールカウンセリングを受けていました。

 

何度か目のカウンセリングで

カウンセリングの先生が言いました。

 

「学校に行きたくない」

お子さんのその言葉には

 

「承認欲求」

というものがあるんですよ と。

 

「学校に行きたくない」という自分を

親は、どう受け止めてくれるのか?

お子さんは、それをうかがっていたのですよ 

と言われました。

 

この記事を読んでくださっている方は、

もしかしたらすでに

 

学校に行きたがらないお子さんの

背中を押してしまったのかもしれません。

 

でも、いまからでも遅くはありません。

お子さんの背中を押すようなことはする必要はありません。

 

それよりも、

お子さんと一緒に自転車で出掛けたり、

キャンプに行ってお肉を焼かせてみたりと、

とにかく、

お子さんと触れ合う機会を多く作ってみてください。

 

不登校の初期の場合、

「学校に、行かせようとしない」

なんか、偉そうに書いてしまってすいません。

まとめ

不登校 原因

①学校に原因のある場合

②家庭に原因がある場合

③本人の心身に原因がある場合

この3つが主な原因です。

 

「原因」とは、

「ある物事や状態を引き起こすもとになること」

という事です。

 

どちらかというと、

「(悪いことを)引き起こすもとになったこと」

と捉えがちです。

 

しかし、

「学校」や「家庭」や「本人」に悪さがあったのかと言えば、

決してそうではありません。

 

不登校の初期において、親御さんは、

不登校の

「原因」を探し求めて、

 

「誰か」だったり、

あるいは

「自分自身」

を責めてしまいます。

 

そういう親の気持ちを

子供は敏感に察知します。

 

「自分が学校に行ってないことで

親を苦しめている」

そう、思ってしまうのです。

 

お子さんをそんな気持ちにさせないためには、

親御さんとして、

「発想の転換」が必要です。

 

「不登校」という現状にとらわれることなく、

「生きていてくれてありがとう」

 

そう受け止めることで

お子さんは少しずつ回復していきます。

 

わたしは、

多くの不登校の子供と関わってきた、

専門家ではありません。

 

一人の不登校の子を持ったことのある、

ただのおっさんです。

 

経験者として、

今、不登校になったお子さんを持つ親御さんに

お伝えしたいこと。

 

それは、

お子さんの不登校が、

「長期化することも見据えた心構え」

が必要だという事です。

 

不登校の原因をあぶりだして、

それをつぶすことにより、

「(短期的に)不登校を解消しよう」

と行動すると、

 

お子さんには

「親は、

(俺を わたしを)学校に行かせようとしている」

と思われてしまいます。

 

「自分のなかでは

なんにも解決していないのに

学校に放り出そうとしている。」

 

そう思われて、

余計に殻に閉じこもってしまいます。

 

「(短期的に)不登校を解消しよう」

として行動しても

良いことはひとつもありません。

 

学校、家庭内、本人の心身にと

なんらかの原因が溜りにたまって

今の状態があります。

 

原因をあぶりだしたところで

今の状態は解消しません。

 

まずは、

「溜りにたまった、何か」を

「本人の口から、吐き出させる」

ことが必要です。

 

この「吐き出せる」までの

時間が必要なのです。

 

わが子の人生にとって、

この「不登校という時間」は、

 

「必要な時間」なのであり、

「かけるべき時間」なのだ

 

そのように受け止めて、

取り組まれることをお勧めします。

 

そして

わが子には、

「人よりも少しだけ早く、

人生というものを考えるときが訪れたのだ」

 

そのように受け止める

「発想の転換」が必要だと思います。


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